札幌高等裁判所函館支部 昭和25年(う)141号 判決 1950年11月22日
被告人
下山久次郎
主文
本件控訴を棄却する。
理由
弁護人鈴木民治の控訴趣意書(一)のについて。
(イ)記録を調べると、下山耕一が居住していて被告人が之に侵入した本件家屋は、もと被告人の養父下山善一の所有であつたが、被告人と耕一とは実の親子でありながら永い間の色々ないきさつによつて解け難い争いを生じ、右善一死亡後は右家屋の所有権に関して両者間に民事訴訟を起し現に係争中であつて、その所有権者が誰であるかはまだ未確定の状態であることが認められるから、右家屋の所有権は当然被告人にあることを前提とする所論は失当であり、且つ住居侵入罪は現に平穏にその住居において生活している人の安寧を保護することを目的とし、その所有権が誰に帰属するかは之を問はないのであるから、仮に被告人に本件家屋の所有権があつたとしても、記録によると、前記のように係争中の本件家屋に、居住者耕一の反対を無視し、しかも単なる訪問又は何かの用件があつてではなくて右家屋を住居に使用する目的で入つたことが認められるから、住居侵入罪が成立するといはねばならない。論旨は理由がない。
同(二)について。
所論は被告人が本件家屋につき二分の一の共有権を持つていたと主張するけれども、この点については前記の通り係争中であり、父である被告人が農家の狹い部屋を借りて住み、実子の耕一が広い本件家屋に住んでいることが認められるので右両名が普通一般の親子の間柄のようであれば、被告人が耕一の住む家に入り込むことは何等とがむべきことではなく、むしろそうあるべきであるけれども、右両名の間柄は前記の通りで経済的にも感情的にも鋭く対立し本件家屋の所有権については係争中であるから、普通の場合とは異り、耕一において被告人が右家屋に侵入することを認容せねばならないことはなく、被告人も之に侵入する権利があるとはいえない、従つてこの点に関する論旨は理由がない。
控訴趣意書追加書について。
(ロ)住居侵入罪は人が不法に他人の住居に侵入することによつて成立し、若し一旦同所を退去すればその状態は消滅して、その後に再び同所に侵入すれば別個の住居侵入罪を構成するものであつて、侵入した人が一旦退去すれば初めに侵入した時にその所持品をそのまゝ同所に置いていたとしてもその侵入の状態が引続き存在するものとはいえない。殊に本件記録によると、被告人は昭和二十四年十二月六日本件家屋に侵入し、同月八日荷物を置いたまゝ退去したが、同月十六日函館地方裁判所同年(ヨ)第一八一号事件について被告人が右家屋に立入りその他耕一の右家屋の占有を妨害してはならない旨の仮処分がなされているのであるから、被告人が昭和二十五年四月四日前記のような事情にある右家屋に耕一が制止するのも聴かずに入つたことによつて住居侵入罪が成立することは明らかである。従つて原判決には所論の違法なく、論旨は理由がない。